熊川宿物語(其の参)
関西電力広報誌 わっと2001−6 より
◇熊川宿の誕生◇
豊臣秀吉に重用され若狭の領主となった浅野長政は、
天正十七年(一五八九)に熊川が
交通と軍事において重要な場所であることから諸役免除して宿場町としました。
以来、四〇戸ほどの寒村が二〇〇戸を超える町として発展しました。
そして、小浜に入港する物資や海産物を京の都へ運ぶ中継拠点として大いに栄えました。
◇鯖街道の由来◇
「鯖街道」とはその昔、若狭の海で水揚げされた魚介類を近江や京へ運んだ街道のことです。
最盛期の江戸時代には一日約一〇〇〇頭もの牛馬が行き交ったといわれ、
魚介類の中でも鯖が主流を占めていたことから
「鯖の道」そして後に「鯖街道」と呼ばれるようになりました。
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鯖街道には幾つものルートがありますが、
最もよく知られているのは
小浜から熊川を経由して朽木村を通り京に至るルートで、
起点となった小浜市泉町界隈では「京は遠ても十八里」というフレーズが伝わっています。
(鯖街道熊川宿 宿場館資料より)
熊川 在住 松見正幸
鯖街道シン-ボルマーク | 鯖街道 幾つものルート |
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