(若州良民伝巻一より)
※若州良民伝とは・・・
安永九年(一八六二)に発行された
全四巻からなる書。若狭地方で
領主が領民の中の六十余人の善行を
記録したものである。
若州良民伝 巻一より
〜奥田縄村 又五郎の妻のこと〜
奥田縄村(今の小浜市口名田地区)に
又五郎という貧しい農民がいました。
両親と自分夫婦と子供二人の六人家族でした。
ところが、
両親が病になった上に、
又五郎も病の床に伏せてしまいました。
妻は、しゅうと、しゅうとめ、夫の看病と、
まだ小さい子供の世話で身を粉にして働きました。
正徳元年(一七一一)
この村では穀物が実らず、
村民は飢え苦しんだので、
領主が群吏(ぐんり=こおりぶぎょう)に命じて
蓄えてあった穀物をここの村民に配給しました。
しかし、
妻は親と夫と子供とにことごとくその穀物を食べさせ、
自分は野草ばかりで飢えをしのいでいたので、
がりがりに痩せ細ってしまいました。
そのことが領主に聞こえ、
あわれに思われ、
この妻を褒めて米を授けました。
そして、
「いいか、この米はお前が食べるのだぞ」と
強くさとしました。
若狭文学会会員 松井正
美しい若狭を守り伝えたい・・・