ようこそ若狭小浜耕養庵へ








弥陀ニタスケラレヌル身トコゝロエテ、
  コノ仏恩ヲカタジケナサニ
  行住坐臥ニ 念仏マウスバカリナリ

  モロモロノ雑行ヲステゝ
  一向一心ニ弥陀ニ帰スルガ
  スナハチ信心トコソ存ジオキ候へ




蓮如上人と小浜




今から五百二十三年前(文明七年)に
蓮如上人は越前の吉崎御坊から
一向一揆からの難を逃れて、海路若狭へ上陸されました。
このことを四年後の文明十一年に書かれた「御文章」では、
「・・・俄二便船ノ次(ツイデ)ヲヨロコイテ、
海路ハルカニ順風ヲマネキテ一日カケニト志シテ、
若狭小浜ニ船ヲヨセ、
丹波ツタイニ摂津國ヲトヲリ此当国当所出口ノ草坊ニコエ・・・」
と回想して居られます。



上陸さらた蓮如上人は
瀬木町(現在の玉前)にあった妙光寺で杖を休められ、
二ヶ月ばかり滞在されました。
この間若狭でもお念仏の輪をひろげられました。
それもこれも、私ひとりにお念仏を伝えて下さったことです。



今年は蓮如上人(親鸞からかぞえて八代目の本願寺宗主)の
五百回遠忌の年に当たります。
当地小浜に上人ゆかりのお寺があります。




市内神田の浄土真宗本願寺派の妙光寺の前には、
「蓮如上人御留?舊地」と刻まれた立派な碑が建っており、
また同寺には、蓮如上人の残していかれた杖・中啓・念珠・香 や
小浜を去っての翌年(文明八年)に妙光寺へ上人が下付された
「大谷本願寺親鸞聖人御影(連座御影)」が所蔵されています。




小浜は、蓮如上人とか無縁の土地ではなかったのあります。





                       妙光寺住職 山名暢雄



美しい若狭を守り伝えたい・・・・