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見送り幕(百子遊戯図・上ノ町)

県指定文化財(平成十二年三月二十一日)





見送り幕が自慢の曳山



 熊川における最大のお祭りは、
なんといっても中ノ町に鎮座される氏神白石神社の祭礼である。

熊川の全町を挙げてのこの祭日は、古くは陰暦六月十五日、
明治以降は長く五月十五日であったが、
現在では五月三日に行われている。


熊川の人々が、今も大きな誇りとしているものに、
この祭礼に出された「曳山」がある。 
いわゆる「山車」で、ここでは一般に「やま」と呼んでいる。



この曳山は明和九年(一七七二)から出されることになったと、
ある旧家の記録にある。


 熊川の上・中・下の各町から一基ずつ、すなわち三基が出たり、
費用がかさむので毎年一基ずつ交代で出たり、
経済情勢によっては中止された年もある。




しかし、文化・文政の頃には人情華美を好むようになり、三町が競って
京都祇園の山鉾にも似た曳山を作り、
ことに「みおくり」(見送り幕)は素晴らしいものを用いることとなった。
上ノ町の「みおくり」も文政七年(一八二四)に京都で買い求めたもので、
今も上ノ町の自慢の宝物となっている。 



賑やかなこの曳山は、いろいろな情勢のため、
昭和三十八年を最後として、
以後は出せなくなっていた。



 ところが、平成十三、十四年度の二か年をかけて、
国(丈化庁)を始め県や町などの支援をも得て、
ふるさと文化再興事業として、新しい山車が作られ、
実に四十年ぶりに曳山の行事が復興した。



また、上ノ町の見送り幕「百子遊戯図」の複製品も、
見事に出来上がり、
毎年五月三日の白石神社祭礼と、
秋祭り(熊川いっぷく時代村)にその雄姿を見ることができる。





                  郷土史家 永江秀雄




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