旧海軍の第六潜水艇長だった佐久間大尉は、
明治43年、山口県新湊沖での訓練中に艇が沈没。

最後まで部下に指示を出し、部下の家族へのおもいやりの言葉や
沈没の原因などを記した遺書を書いたことから
「沈着勇断」
と称されています。

   この遺書に関して、活字を通して読んでも

     その時の切迫した情況などを

  おくみ取りいただけないと思いますので、

      是非一度は、実物のコピーを

   艇長生地の佐久間記交流念館で

      ご覧いただきたいと思います。





佐久間記念交流会館 竣工
               〜 平成22年3月25日 〜
                若狭町北前川61号2番地
                     面積217.26u
               新築事業費59850000円

   


佐久間勉艇長殉難100周年記念遺徳顕彰祭
1.期 日     平成22年4月15日(木)
2.場 所  佐久間勉艇長遺徳顕彰碑前
3.日 程 
  (1)佐久間艇長を偲ぶ音楽祭 ( 9:10〜 )
      海上自衛隊舞鶴音楽隊による演奏
(2)遺徳顕彰祭式典   (9:50〜 )
開式のことは
国 歌 斉 唱
  主催者挨拶   
来 賓 挨 拶
   英国武官スピーチ  
   感謝状贈呈  
奉 納 吟 詠
弔 銃 発 射
献      花
(3)のこすことば文学賞授賞式 (10:40〜 )
(4)お礼のことば
(5)懇親会 (11:20〜 )
参列者、文学賞受賞者ほか関係者全員





主催者祭文

 

春の様相が日々色濃くなり、
三方五湖周辺の日差しも春うららかとなってまいりました。



本日ここに佐久間艇長生誕の地であります、
若狭町北前川の顕彰碑前におきまして、
福井県旭副知事様、
海上自衛隊舞鶴地方総監部柴田総監様、
英国大使館付け防衛武官デリック海軍大佐様、
小浜市松崎市長様、美浜町山口町長様、
福井県議会議員中川様、吉田様、
加えて今回、小浜市から
小浜市議会議長様を始めとする多くの市議会議員の皆様、
また多くのご来賓、関係各位のご臨席を仰ぎ、
佐久間勉艇長殉難百周年記念の遺徳顕彰祭を挙行するにあたり、
若狭町民を代表して謹んで式辞を申し上げます。



 時は明治四十三年四月十五日、
佐久間勉大尉を艇長とする国産初の第六号潜水艇は、
山口県新湊沖において半潜航訓練中、
不測の事故により、浸水沈没し、
艇長以下十四名の乗組員の懸命なる排水作業の甲斐もなく、
再び浮上することはありませんでした。




 この間艇長は沈着冷静に重大な局面に対処し、
刻々と迫りくる死に直面しながらも司令塔から差し込む、
かすかな明りを頼りに遺書を認められたのであります。




艇を沈め部下を死なせる罪を詫び、
沈没の原因と対処の経過を克明に記すとともに、
「我が部下の遺族をして窮する者、
無からしめ給わらんことを。
我が念頭にかかるものこれあるのみ」と、
部下の家族の将来を思い、
さらにいままでお世話になった上司や
恩師への報恩感謝の心も忘れなかったのであります。
その海よりも深い人間愛に満ちた内容の遺書は、
単に軍人としてだけではなく、
人間佐久間勉として、
今なお多くの人に強い感銘を与え続けています。
あの反戦平和の歌人といわれた与謝野晶子も
「舟底の 水の明りにしたためし 永き別れの ますらおの文」
と追悼の歌を詠んだのです。






 このような艇長の、
自らの身命も顧みない類まれなる行動は、
一朝一夕にできるものではありません。
幼少時代からの父母を敬い、兄弟を慈しみ、
人情を尊び、
人には礼をもって対するといった真摯な生活の中で培われたものであり、
このことは今も佐久間記念交流会館に残る
数々の書簡や遺品に接するとき、
あらためて艇長の崇高な人柄が、
絶えず私どもの胸に伝わってまいります。





 戦後、我々は物質的には豊かになりましたが、
人に対する思いやりや報恩感謝の気持ちなど、
心の大切さが問われています。
我々はこのような時代にこそ、
佐久間艇長の遺徳から
多くのことを学ばなければなりません。





わが郷土においては、
人間、佐久間勉として、その遺徳を顕彰すべく、
佐久間勉艇長遺徳顕彰会を結成し、
町内住民がその会員となって、
毎年命日の四月十五日には顕彰祭を行い、
これまで殉難六十周年の際には「佐久間記念館」を建設、
八十周年では「沈着勇断」の石碑を建立するなど、
遺品、資料等を保存し顕彰を重ねてまいりました。




しかし、
その記念館も四十年近くの歳月により老朽化が著しく、
このたび殉難百周年にあたる平成二十二年に併せ将来にわたり遺品、
資料を保存し、遺徳を顕彰していきたいとの思いから、
佐久間記念交流会館館の新築に取り組み、
多くの方々から寄せられた浄財により、
去る三月二十五日に
竣工を向かえることが出来たのであります。



また、とりわけ次代を担う青少年の健全育成が強く望まれているなか、
青少年育成の場であるキャンプ場が
この地に整備されているのも、
多くの子ども達に艇長の生き様を
学んで欲しいという思いからであります。






 最後になりましたが、本日の顕彰祭開催にあたり、
町民の皆様はもとより、海上自衛隊、福井県海交会、
若狭ライオンズクラブ、
その他多くの皆様の温かいご奉仕に対し
心より御礼を申し上げる次第でございます。




我々も今後なお一層艇長の遺徳顕彰に努めてまいりますので、
本日ご参列賜りました皆様方のお力添えによりまして、
佐久間艇長の精神が今後益々全国、
全世界へと広がりますことを念願いたしております。





 願わくは、福井県、嶺南地域、若狭町の益々の発展と、
町民皆様方の幸せのために、
艇長のご加護を賜らんことをここに
祈念いたしまして式辞といたします。

 





平成二十二年四月十五日

若狭町佐久間勉艇長遺徳顕彰会

         会長 森下 裕








感 謝 状 贈 呈



   


弔 銃 発 射

 


 

奉 納 吟 詠







献      花










佐久間勉艇長殉難百周年記念顕彰祭

 小浜市の歴史と文化を守る市民の会 会長式辞

 

 本日は、佐久間艇長殉難百周年を記念し、
ご遺族をはじめ、
旭福井県副知事様、
英国武官デリック大佐殿、自衛隊の皆様、他、
多数のご来賓ご臨席のもとに、
このような盛大なる顕彰祭を、
若狭町と合同で開催出来ますことを、誠に光栄に存ずる次第であります。



ご高配を賜りました若狭町の関係各位に衷心より御礼を申し上げます。

 



 さて、皆様すでにご高承のとおり、
佐久間艇長の遺書は、
世界中の感動を呼び、
アメリカの国会議事堂の大広間にそのコピーと英訳が陳列されましたし、
いまなおイギリス海軍の教訓になっていると伺っております。





 近年、若狭地方におきましても佐久間艇長への関心が高まってきているように感じます。



 例えば、
平成十五年度、
第四十九回文部大臣旗・全国高等学校弁論大会におきまして、
若狭高校の新宮亮太君が、
佐久間艇長の遺徳を切々と語り、
審査員と聴衆に深い共感と感動を呼び、
上位入賞をしておりますし、
今年に入って若狭高校文芸部が、
文芸雑誌「若菜」8号を刊行、
佐久間艇長の特集を組んでおります。
その取り組み内容が先日の新聞で紹介されました。





 小浜市におきましても、
百周年記念式典に合わせ、
この十日、十一日に
小浜公園海望山の佐久間艇長銅像のライトアップを行い、
市民の関心を呼びましたし、
現在は、
山川登美子記念館において
「佐久間艇長特設展」を実施しているところです。




更に、若狭町鳥浜の清水明幸先生が、
佐久間艇長が父の可盛(よしもり)宛に送った書簡が、
自宅にあることから、
綿密な調査研究を始められて
「佐久間勉の書簡から学ぶ」をこの3月末に発表されました。

 






 ところで、佐久間艇長に関心を寄せ、
艇長に関する資料を調査・研究してきた若い人たちは、
軍人としての佐久間艇長の、
崇高なまでの使命感、責任感、死期迫る危機的場面に臨んでの、
常識では想像もつかない沈着冷静な行動に
深い感銘を受けたことはもちろんでありますが、
息も絶え絶えの中で、
書き残された、
部下の遺族に対する思いやりと、
これまでお世話になった上司や恩師への感謝のことばに、
心を揺り動か
されたと記述しており、
人間佐久間艇長の生きざまから、
他者への思いやりの気持ちを少しでも見習いたい、
と異口同音に述べています。

 

 佐久間艇長は、
勤勉実直で旧制の小浜中学校においては、
常に注目される秀才でありました。
旧制小浜中学校の教育科目であった短艇訓練のボートを
自ら設計しようと兵学校の余暇を利用して、
研究を重ねてボートの設計図を書き上げられ、
小浜中学校へ送られました。


小浜中学校では
その設計図をもとに「佐久間型ボート」を建造し、
生徒たちは訓練に励みました。
「佐久間型ボート」は、後に校歌となり、
「心の船も佐久間型、倦まず乱れず進むわれらよ」
と永く愛唱されました。

 

 このように、佐久間艇長は子どもの頃から、
母校をおもい、後輩を思い、恩師のことを片時も忘れない人でありました。


さればこそ、人間として最大の危機的場面に遭遇してなおかつ、
人を思いやる気持ちを持ち得たのでありましょう。

 

 私たちは、殉難後百年経過してなお、
世界の多くの人々の心の中に生き続けている佐久間勉艇長のような人物が、
私たちの先輩であることを誇りとし、
なお一層、郷土の偉人の業績をたたえ、
文化と歴史を後世に守り伝えていく活動に邁進することを
お誓い申し上げ、式辞といたします。

 

 

平成二十二年四月十五日

 小浜市の歴史と文化を守る市民の会

  会長  堂前 広








ライトアップ 佐久間艇長の像

平成22年4月10日〜11日 
       午後7時〜9時




佐久間艇長没後100年記念顕彰事業

   小浜市の歴史と文化を守る市民の会








   


毎年4月15日「佐久間艇長遺徳顕彰会」が

若狭町にて開催されています。


その頃になると…顕彰会出席の船が小浜湾に入港します。

今年も、潜水艦「おやしお」の姿がありました。



小浜湾内に映える雄姿は、見ごたえあり!‥でした。




写真提供

 
http://www.wakasa-fishermans.com/





美しい若狭を守り伝えたい・・・・・・